パゴダをたたえて 【パゴダをたたえて】

言葉の中をまさぐると 小箱が出てくることがある
かたつむりのように愛くるしい 小箱の中の言葉たち
あれは海からの忘れ物なのだと 誰かがいった ――これはその海と、乳房のかたちをした孤独な塔の話

――旅
その一名詞がもはや解体される日に
塔は小さく身を震わした
(愛あるこわばり)

海と陸がともにフォルムを忘れ
ことばが表現の悪癖から解き放たれたそのとき
時という一名詞が ガムランに似た音をたてて飛び去った
――風見鶏が うつむきながら 笑っていた

ことばの一つ一つが血の一滴となり
塔の身体中をかけめぐっては「表現!」とからかうようにわめきたて
その叫びの群が 小さな波となり 流れ 渦巻き 放たれ
――塔は見ていた かれらの旅 楽しい旅を

波にのまれた新たなことばが 泡となり また息を吹き返し
目覚めると海―― ことばが肉体を忘れた古い海
遠さと近さが 速さと遅さが 新たに婚姻を結んだつましい場

だけれどもまるで記憶のように
かれらはいつか塔に帰る 不死のまま沈黙した母なる塔に
――古い時代に捨て去った 肉体のかけら抱きしめて
――忘れられたからだ全てを織り込んで 塔は丸く 眠る

塔の入り口には一台の黒電話
「もしもし」というと
ただ「もしもし」
そこにはちょっとした美がある

発話された「もしもし」は見逃されたままで
ふいに塔が笑う その身体の深い淵には 言葉の泡立つ音がする
時間は笑う――時間は笑う、時間のその核に眠る時間の顔に

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